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    イギリス

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    1: 2015/01/26(月) 21:14:40.09 ID:???*.net
    “和の神髄”について、外国人の目を通して教えられることは少なくない。
    イギリス人で元「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長のヘンリー・S・ストークス氏が、「日本軍から自衛隊に受け継がれた素晴らしきモラル」について語る。

     * * *

    第二次世界大戦に日本が参戦し、アジアの植民地での戦闘が始まったが、日本軍の強さは我が母国のイギリス軍を圧倒するものだった。

    イギリス人にとって最も衝撃的だったのは、大英帝国海軍が誇る「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパレス」という2隻の戦艦が日本の小さな戦闘機による魚雷攻撃で、わずか4時間で撃沈されたことだ。

    日本人を“イエ◯ーモンキー”と呼んで憚らない差別主義者だったチャーチル首相は、若くして海軍大臣に就任し、海軍こそ英国の誇りとしていた。それが数時間の戦闘で壊滅させられたのだ。
    西洋人が有色人種の強さを体感し、恐怖した最初の瞬間であろう。

    当時のイギリス軍は日本人が近眼で飛行機の操縦能力も低いと見くびっていた。
    しかし、鋭利な角度で飛来してあまりに正確に魚雷を命中させることに驚き、“ドイツ軍のパイロットではないのか?”と乗員らが疑ったほどだった。

    日本の帝国海軍は非常にモラルが高く、統率が取られていた。
    私が著書『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』で指摘したように、「日本軍は野蛮で残虐だ」というイメージは、「東京裁判」などで戦勝国が自分たちの理論で作り上げた虚妄だ。実際の日本軍は規律を守り、マナーも優れていた。

    私は14歳からイギリスで軍事教練を受け、軍隊の本質を知っている。
    ジャーナリストとして戦後は幾度も横須賀基地などで自衛隊を取材してきたが、非常に礼儀正しく、規範を大切にしている。彼らは戦前の帝国海軍の伝統を受け継いでいると感じている。

    アジアへの日本軍の侵攻は、植民地となったアジア諸国を欧米の帝国主義から解放し、独立に導くものだった。

    ここでも、日本軍の果たした役割は大きい。植民地の人々に軍事訓練や教育を施して集団として統率し、独立への手助けを行なった。こうした発想は欧米の帝国主義国家には全くなかった発想だ。

    日本軍がアジアを占領するために暴走したということが誤りであるとわかる印象的なスピーチを、イギリスが支配していたインドで国民軍の司令官だったチャンドラ・ボースが1943年に来日した際に行なっている。

    続きはソースで

    ●取材・構成/大木信景(HEW)

    ※SAPIO2015年2月号
    http://www.news-postseven.com/archives/20150126_296290.html

    ★1の立った時刻:2015/01/26(月) 16:48:27.45
    前スレ http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1422258507/

    引用元: 【国際】「日本軍の野蛮イメージは虚妄。非常にモラル高く、統率取られていた」元NYタイムズ東京支局長ヘンリー・S・ストークス氏★2

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    1: 2014/12/08(月) 09:56:09.34 ID:???0.net
    73年前の12月8日、日本は真珠湾を攻撃した。当時の日本の最高機密だが、英独の二重スパイが攻撃計画を事前に察知し、英MI5(情報局保安部)が把握していたことが、英国立公文書館所蔵の秘密文書で判明した。

    MI5のガイ・リッデル副長官は日記に、スパイが奇襲4カ月前に独側から偵察を指示されたリストに真珠湾と米艦隊があったことを「われわれ(MI5)は所有している」と記していた。スパイの回顧録によると、米FBIにも奇襲を伝えたが、ジョン・フーバー長官が握り潰していたという。

    このスパイは、セルビア人のドシュコ・ポポフ。コードネームは「トライシクル」(三輪車)で映画「007」シリーズのジェームズ・ボンドのモデルの1人として知られる。

    リッデル日記によると、真珠湾攻撃後の1941年12月17日付に「『トライシクルの質問状』を今、われわれ(MI5)が所有している。
    これは8月にドイツ人たちが真珠湾について特別に関心を示し、可能な限りのあらゆる情報を入手したがっていたことを極めて明瞭に示している」と書かれていた。

    ポポフの回想録「スパイ/カウンタースパイ」によると、「トライシクルの質問状」は、ポポフが同年7月、ポルトガルのリスボンで独諜報機関のアプヴェール(国防軍情報部)から「米国でスパイ網を組織せよ」との指令を受け、渡された調査リストだった。
    この中に真珠湾の米軍施設や米艦隊などが含まれていたという。

    ポポフは、アプヴェールの同僚から、1940年11月に英海軍が航空機でイタリアの軍港タラントを奇襲した攻撃手法に日本が関心を示していると聞いていたため、日本がタラント海戦に倣って真珠湾を攻撃すると推測したという。

    渡米したポポフは、FBIのニューヨーク支部長と面会し「日本が真珠湾を奇襲する可能性がある」と告げた。
    フーバー長官にも面会して進言したが、フーバーは二重スパイのポポフを信用せず、個人的に握り潰した。
    さらにフランス人のハリウッド女優、シモーヌ・シモンと交際し、高級ホテルやペントハウスで暮らす豪勢な生活を非難したという。

    続きはソースで


    【用語解説】MI5

    英情報局保安部。英国内での外国スパイや共産主義者などの摘発、国家機密の漏洩阻止などのカウンター・インテリジェンス(防諜)を行う内務省管轄の情報機関。
    冷戦時代、ソ連のスパイ、キム・フィルビーら「ケンブリッジ5」を突き止め、大戦中は、日独の諜報活動に監視の目を光らせ、二重スパイを送り込み、欺瞞情報を流して勝利に貢献した。
    英国は他に外務省管轄の通称「MI6」、秘密情報部(SIS)を持つ。
    http://www.sankei.com/world/news/141208/wor1412080016-n1.html

    引用元: 【国際】 日本の真珠湾奇襲攻撃、MI5(英情報局保安部)は知っていた! 英国立公文書館所蔵の秘密文書で判明

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    1: 2014/10/09(木) 21:33:19.33 ID:???0.net
    旧日本軍機の残骸捜索へ=インパール作戦の戦場跡-インド
    http://www.jiji.com/jc/c?g=int_date1&k=2014100900054
    時事通信 2014/10/09-06:03
     

     【ニューデリーAFP=時事】第2次大戦中の1944年、旧日本軍がインド北東部の攻略を目指し、多数の犠牲者を出したインパール作戦の戦場跡で、日本と英国の戦闘機の残骸を探す計画が進んでいる。インパール作戦について研究するインドの財団が8日、明らかにした。

     44年6月17日に旧日本陸軍の戦闘機「隼(はやぶさ)」2機は英軍の攻撃により撃墜され、激戦地の一つであるマニプール州ロクタク湖に墜落。同じ日に英国の爆撃機1機も同湖に墜落した。

     墜落の正確な場所は長年不明だったが、財団が最近突き止めた。財団の共同設立者ユンナム・ラジェシュワル・シン氏は「住民らから約1年かけて情報を集めた。調査の準備はできている」と語った。

    引用元: 【国際/インド】旧日本軍機の残骸捜索へ=インパール作戦の戦場跡 [10/9]

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    1: 2014/08/16(土) 10:03:44.30 ID:???0.net
    日本とインドは、長らく友好関係を築いている。しかし、第2次世界大戦当時、インドはイギリスの植民地であり、連合国側に属していた。このインドの軍隊と、枢軸国であった日本とが、戦火を交えたこともあった。このとき、日本軍が捕虜として捉えた、インド軍将兵に対して行った残虐行為を、インドの英字日刊紙『タイムズ・オブ・インディア』が詳しく伝えている。

    【日本軍が捕虜としたインド軍将兵に対する非人道的行為】
     1942年2月15日、日本は、当時イギリス領だったシンガポールを陥落させた。
    このとき、英領インド軍(英印軍)の将兵4万人が日本軍の捕虜となった。そのうち約3万人は、イギリス支配に抗しインドの独立を目指すインド国民軍に入隊した。この軍の設立にあたっては、日本軍が中心となって動いた。
     しかし、入隊を拒んだ1万人は、日本軍の強制収容所での拷問を運命づけられた、と『タイムズ・オブ・インディア』は語る。
    収容所でのインド人捕虜の扱いは、非人道的なものだった。過重な労働、乏しい食料、絶え間ない暴行。
    そして捕虜が、生きたまま射撃訓練の標的とされることが、何度もあった、と記事は語る。
     船で移送される際にも、寝る場所もないほど船室にすし詰めにされ、水や食料を満足に与えられず、目的地にたどり着く前に多くの者が死んだ、と記事は語っている。

    【英印軍の将校らによる、日本軍の人肉食の証言】
    「しかし、日本軍が行ったあらゆる残虐行為の中で、最も戦慄を覚えさせるものは、彼らが人肉食を行ったこ英印軍のある将校はこのように告発にする。「Suaidという村で、日本軍の軍医が、周期的にインド人捕虜収容所を訪れて、毎回、最も健康な者たちを選び出した。
    その者たちは、表向きは任務を果たすためということで連れ去られたが、彼らは決して戻ることはなかった」。
    さらに日本軍は、インド人捕虜ばかりでなく、ニューギニアの現地人さえも◯害し、食していたと主張する。
     他の将校はこのように告発している。「自分と一緒にウェワク(の収容所)に行った300人のうち、50人だけがそこから出ることができた。
    19人は食べられた。日本人の医師――ツミサ中尉は、3、4人の小部隊を作り、インド人1人を何かの用事で収容所の外に遣わすのだった。
    日本人たちはすぐさま彼を◯害し、彼の体の肉を食べるのだった。肝臓、臀部の筋肉、大腿部、下肢、腕が切り取られ、調理されるのだった」。

    【その他にも証言、証拠があるという】
     記事では、これらの告発内容についての裏付けは伝えられていないが、この他にもさまざまな証言があるという。
    しかもそれらは、連合国が設置した戦争犯罪調査委員会に対する、宣誓証言として行われたと伝えている。
    その証言に基づき、何人かの日本人将校とその部下が裁判にかけられた。人肉食によって有罪が宣告され、絞首刑に処された将校の名前を、記事は挙げている。訴えられた日本人は、これらの告発を常に否認したそうだ。
     1992年、田中利幸氏という日本人歴史家が、インド人や他の連合国側捕虜に対する、人肉食を含む、日本軍の残虐行為の明白な証拠を発見した、と記事は伝える(氏は現在、広島市立大学広島平和研究所教授)。
    その証拠がどのようなものかについて、記事は触れていない。
    氏は、1997年に『隠された惨事――第2次世界大戦における日本人の戦争犯罪』という本を英語で発表した。
    その本では、日本軍は食料の貯えが次第になくなったときに人肉食という手段に訴えた、という連合国側の下した判決が反論されているという。人肉食は上級将校の監督下で行われ、権力を表象化する手段として認識されていた、との主張だそうだ。(続く)

    続きはソースで

    2014年8月15日 11:30
    http://topics.jp.msn.com/world/general/article.aspx?articleid=5454416
    「人肉食」も…旧日本軍のインド人捕虜への残虐行為、印紙報道 その背景とは

    1の投稿日:2014/08/15(金) 16:39:26.41

    http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1408112652/

    引用元: 【国際】「日本軍は人肉食を行った」…インド人捕虜への残虐行為、印紙が報道★4

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    1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/01/28(土) 11:59:15.64 ID:Z8EavbN30.net
    もし、日本が北海道がソ連領になってた場合はドイツや朝鮮と同様に
    分断国家になってたわけだが、その場合日本の歴史はどういうふうに
    なってたのか考えてみましょう。
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    引用元: もし日本が分断国家になってたらどうなった?

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