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    京都府

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    1: 2016/11/17(木) 18:55:01.43 ID:CAP_USER9
    豊臣「五人衆」後藤又兵衛の討ち死に報告、秀頼への書き付けが見つかる 京都
    2016.11.17 12:03

    岡山県立博物館は17日、徳川家が豊臣家を滅ぼした大坂の陣(1614~15年)で豊臣側の
    「五人衆」として戦った後藤又兵衛が討ち死にしたことを、配下の武士が豊臣秀頼に報告した書き付けが、京都府内で見つかったと発表した。

    続きはソースで

    産経ニュース
    http://www.sankei.com/west/news/161117/wst1611170032-n1.html
    大坂の陣で後藤又兵衛が討ち死にしたことを、配下の武士が豊臣秀頼に報告した書き付け
    http://www.sankei.com/images/news/161117/wst1611170032-p1.jpg


    大坂夏の陣で討ち死に 後藤又兵衛の最期を記す史料発見
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161117/k10010772341000.html
    ダウンロード (1)


    引用元: 【歴史】豊臣「五人衆」後藤又兵衛の討ち死に報告、秀頼への書き付けが京都で見つかる…岡山県立博物館が発表©2ch.net

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    1: 2016/05/15(日) 23:10:50.08 ID:CAP_USER
     幕末の「禁門の変」(蛤御門(はまぐりごもん)の変)の舞台となった京都御苑の「蛤御門」(京都市上京区)の名前の由来を巡り、京都産業大特別客員研究員の長谷桂さん(38)が定説を覆す資料を見つけた。これまでは宝永の大火(1708年)の際に開門された様子を、焼けて口を開けるハマグリにたとえて命名されたとの説が有力だったが、更に以前から「蛤」が使われていた可能性があるという。【宮川佐知子】

     蛤御門はもともと「新在家御門」などと呼ばれていた。開かずの門だったが、江戸時代の大火で逃げ惑う京の民を避難させるため開放されたと伝えられてきた。

    続きはソースで

    http://mainichi.jp/articles/20160515/k00/00e/040/180000c
    ダウンロード


    引用元: 【歴史】「蛤御門」名前の由来に「待った」新資料発見©2ch.net

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    1: 2015/02/24(火) 11:19:38.52 ID:???*.net BE:287993214-2BP(1012)
    sssp://img.2ch.sc/ico/anime_giko03.gif
    朝日新聞デジタル 2月24日 7時9分配信

    画像
    滋賀県内で見つかった元暦地震の痕跡。12世紀前半ごろまで地表だった黒い土の上に土砂崩れの土砂が埋まっている=京都大の釜井俊孝教授提供
    http://amd.c.yimg.jp/im_siggdpIVoUdYzRrHsEL85NBDyw---x200-y139-q90/amd/20150224-00000012-asahi-000-1-view.jpg


     平安末期に京都を襲った大地震で起きたとみられる土砂崩れの跡を京都大防災研究所の釜井俊孝教授(応用地質学)らが京都・滋賀の東山で見つけた。
    地震の惨状は「方丈記」や「平家物語」などに描かれ、今回は記述を具体的に裏付ける珍しい発見。東山一帯の山林はその後荒廃し、マツタケがはえるアカマツなどの植生にも影響したようだ。

     この地震は、壇ノ浦で平家が滅んで間もない1185(元暦2)年に起き、京都を中心に大きな被害が出た。規模は推定マグニチュード7・4。琵琶湖西岸の活断層の一部が動いたと見られている。


     当時京都で暮らしていた鴨長明(1155~1216)は「山は崩れて、川を埋め」「地が動き、家が壊れる音は雷と同じだ」と方丈記で描写。
    方丈記では大火事や飢餓などの災厄を取り上げ、人の営みを川面の泡のようだと無常観をつづっているが、地震こそ最も恐れなければならないものだと指摘した。
    平家物語も「大地さけて水わき出(い)で、盤石われて谷へまろぶ」と記している。

    001


    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150224-00000012-asahi-ent

    引用元: 【歴史】「方丈記」の大地震跡、京大が発見 東山の植生に影響か

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    引用ここから

    1: 2014/07/09(水) 13:09:53.09 ID:???0.net
    室町時代銅銭:つぼに4万枚 京都・下京区で発見
    毎日新聞 2014年07月09日 10時50分(最終更新 07月09日 12時02分)

    15世紀(室町時代)に流通した銅銭約4万枚が入ったつぼが京都市下京区貞安前之町で見つかり、民間発掘調査会社イビソク(岐阜県大垣市)などが8日、発表した。当時の価値で1枚100円前後、計400万円相当だったとみられるという。持ち主は不明だが、文献によると出土場所には当時、河原で染色などをしていた職能集団の屋敷があった。

    続きはソースで

    (共同)

    ソース: 毎日新聞 http://mainichi.jp/select/news/20140709k0000e040194000c.html
    画像: http://img.mainichi.jp/mainichi.jp/select/images/20140709k0000e040195000p_size5.jpg
     (ひもで通し、つぼに納められたままの状態で見つかった銅銭=京都市で8日午後、共同)
    引用ここまで

    引用元: 【歴史】室町時代の銅銭がつぼに4万枚 開元通宝・永楽通宝など50種類 - 京都・下京区 [7/9]

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