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    兵庫県

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    1: 2015/02/11(水) 22:12:22.67 ID:???*.net
    国宝銅鐸、鋳型と一致 大阪・東奈良遺跡で製作か
    【産経ニュース】 2015/2/11 21:44

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    昭和39年に神戸市で見つかった「桜ケ丘12号銅鐸」(弥生時代中期、国宝)と、大阪府茨木市の東奈良遺跡で出土した「第1号流水文銅鐸鋳型」(重要文化財)の大きさや形状がほぼ一致することが11日、銅鐸を所蔵する神戸市立博物館への取材で分かった。

    博物館の橋詰清孝学芸員によると、12号銅鐸のレプリカを製作、東奈良遺跡の鋳型のレプリカにはめ込むと一致した。青銅器製作の一大拠点とされる東奈良遺跡で作られた可能性があり、銅鐸の流通を解明する手掛かりとして注目されそうだ。

    12号鐸は高さ31センチ、重さ約2.6キロ。鋳型に彫られた銅鐸の型は高さ約31~32センチとほぼ同じで、本体の曲線部分なども一致した。しかし、本体と鋳型の模様は異なっており、この鋳型から12号鐸が作られた可能性は低い。橋詰学芸員は「鋳型を作る際、大きさや形にある程度の規格があり、模様だけ変えていたのではないか」と指摘する。

    12号鐸は、表面のさびなどで模様がほとんど分からなかったため、博物館が九州国立博物館と共同で3次元計測により模様の分析を進めていた。

    続きはソースで

    ソース: http://www.sankei.com/west/news/150211/wst1502110047-n1.html
    画像: http://sankei.com/images/news/150211/wst1502110047-p1.jpg
     (3次元計測で製作した、国宝「桜ケ丘12号銅鐸」のレプリカ=11日午後、神戸市)

    引用元: 【考古学】国宝「桜ケ丘12号銅鐸」、鋳型と一致...大阪・東奈良遺跡で製作か [15/02/11]

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    1: 2015/02/12(木) 22:39:11.53 ID:???*.net
    精巧な箱式石棺見つかる、兵庫 鉄製工具を副葬
    【共同通信】 2015/02/12 18:40:25

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    兵庫県豊岡市日高町の西垣古墳群で、4世紀後半ごろの円墳(直径約30メートル)から精巧な箱式石棺2基が見つかり、県まちづくり技術センターが12日、発表した。

    いずれの石棺からも鉄剣が見つかったが、副葬品には木を削る鉄器のほか、鉄製の鎌やおのなど工具が多く、センターは「被葬者は工具を使った生産集団をとりまとめる立場だったのではないか」と話している。

    センターによると、石棺はいずれも長さ約2メートル、幅約50センチ、深さ約30センチ。地元の凝灰岩を削って
    大きな一枚岩に加工した上で、組み合わせていた。

    ソース: http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015021201001602.html
    画像: http://img.47news.jp/PN/201502/PN2015021201001673.-.-.CI0003.jpg
     (兵庫県豊岡市日高町の西垣古墳群で見つかった精巧な箱式石棺。小石が敷き詰められている=2014年
     11月(兵庫県教育委員会提供))

    引用元: 【考古学】精巧な箱式石棺2基見つかる...副葬品に鉄製工具 - 兵庫・西垣古墳群 [15/02/12]

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    1: 2014/12/30(火) 14:55:20.51 ID:???0.net
    姫路城の瓦8000枚少なく 枚数集計で明らかに
    【神戸新聞】 2014/12/30 05:30

    世界文化遺産・国宝姫路城の大天守を覆う瓦の枚数が、これまで公表されていた約8万枚よりも少ない約7万2千枚であることが判明した。「平成の大修理」では瓦を取り外して1点ずつ点検しており、大修理の報告書を担う文化財建造物保存技術協会が枚数を集計したところ、1割少ないことが分かったという。
    (仲井雅史)

    大天守で使用されている鯱や鬼瓦などを含む瓦の枚数は、これまで「昭和の大修理」の報告書に記載された8万506枚に基づいてきた。

    「平成-」では大天守の瓦を外し、1枚ずつ目視と打音で傷みを確認。
    報告書作成の過程で、同協会が取り外した枚数を集計したところ、昭和の記載より少ないことが分かった。 

    「昭和-」では、大天守を全解体し、瓦もふき替えた。姫路市城周辺整備室によると、瓦はふき方によって枚数が大きく増減する。「昭和の報告書に記載された数字は、ふき直した枚数ではなく、取り外した枚数の可能性がある」とみるが、"枚数減少"の原因は今となっては謎という。

    平成では、傷んでいた約1万6千枚を新調。残りは再利用して、ふき直している。同整備室は
    「今後は約7万2千枚として情報発信していく」としている。

    ソース: http://www.kobe-np.co.jp/news/himeji/201412/0007621776.shtml
    画像: http://www.kobe-np.co.jp/news/himeji/201412/img/b_07621777.jpg
     (「平成の大修理」で大天守から下ろされた瓦=2011年9月、姫路城)

    引用元: 【文化】姫路城の瓦、昭和の記録より8000枚少なく...枚数集計で明らかに [14/12/30]

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    1: 2014/07/17(木) 23:21:21.53 ID:???.net BE:302861487-2BP(1000)
    太閤検地の先駆け? 秀吉の自筆見つかる 兵庫・たつの 2014年7月17日03時19分
    http://www.asahi.com/articles/ASG7H73XKG7HPIHB035.html

    (本文)
     羽柴(豊臣)秀吉が淡路島(兵庫県)の領主だった家臣の仙石(せんごく)秀久に対し、詳細な田畑の面積や 年貢高を自己申告させた書類が見つかった。兵庫県たつの市が発表した。秀吉の自筆と朱印が添えられており、秀吉が初期の治世にどういう方法で検地していたかがわかる貴重な史料という。

     市立龍野歴史文化資料館によると、1585(天正13)年に記された「淡路二郡指出(にこおりさしだし)帳」(縦27・6センチ、横20・6センチ)。指出は、土地の所有者らが面積や生産高を自己申告したもの。
    約100枚にわたり、三原、津名両郡の地名、年貢米の石高や年貢銭などを詳細に記述。奥付に秀吉が自筆で、両郡の合計石高や作成日を意味する「二こうりのふん 以上(一)万貳(に)千六百石 天正十三年九月十日 わきさか甚内」と書き、朱印を押していた。

    続きはソースで

    引用元: 【文化財】太閤検地の先駆け 秀吉の自筆見つかる 兵庫・たつの [2014/07/17]

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