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    史跡

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    1: 2016/06/18(土) 09:43:47.18 ID:CAP_USER9
    「奇跡の遺跡」の価値が認められた-。
    文化審議会が東名(ひがしみょう)遺跡(佐賀市金立町)を国史跡に指定すべきと答申した17日、遺跡の希少性や考古学的価値を熱心に訴えてきた地元NPOや意見具申した市教育委員会からは、喜びの声が上がった。
    湿地性貝塚という特性により、他の遺跡と比べ出土品の「質と量」で群を抜く遺跡。
    出土品は30万~40万点に上り、保存・活用に向けた本格的な検討の必要性も出てきた。

    「これらは全部本物ですよ。8000年前の縄文時代の遺物です」

    遺跡に隣接する東名縄文館を管理するNPO法人「徐福・湿原の森づくり会」理事長の江島徳太郎さん(76)は、誇らしげに展示品を紹介する。

    「佐賀の歴史の原点。多量の出土品は、国の宝にふさわしい」

    国史跡指定が決定的となり、言葉にも力がこもる。

    貝塚は、調整池の建設工事によって偶然見つかった。
    厚い粘土層に覆われた湿地性貝塚という特性があり、約8000年前の動植物性遺物が良好な保存状態で多量に見つかっている。
    偶然の発見や保存に適した条件がそろっていたことから、江島さんたちは「奇跡の遺跡」と呼ぶ。

    続きはソースで

    http://www.saga-s.co.jp/images/article/2016/06/18/SAG2016061899000045_id1_20160618083036.jpg

    ソース元:佐賀新聞
    http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/324056

    ダウンロード (9)

    引用元: 【歴史】「奇跡の遺跡が認められた」出土品は群抜く”質と量” 湿地性貝塚・東名遺跡[06/18] [無断転載禁止]©2ch.net

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    1: 2016/05/13(金) 05:55:19.62 ID:CAP_USER
    2016年05月12日
     国内最大規模の横穴墓群とされる国指定史跡「吉見百穴」がある吉見町は、2017年に発掘130年を迎えるのを前に、写真や記録などの提供を呼びかけている。吉見百穴の資料や出土品は少なく、町は「新たな資料が見つかれば、研究を前進させる手がかりになる」と期待している。

     吉見百穴は古墳時代末期(6世紀末~7世紀末)に造られたとされる。1887年、東京帝大(当時)の大学院生・坪井正五郎が、当時の県議で後の貴族院議員・根岸武香の助力で237基の横穴墓を発掘した。戦時中に地下軍需工場が作られて一部の横穴墓が壊され、現在確認できるのは219基だ。

     出土した須恵器や太刀、発掘時に撮影された写真などは約50点にとどまる。資料を保管するのは、吉見百穴の土地を所有し、百穴前で土産物店を営む大沢康さん(52)。「発掘前の写真が見つかると面白い」と期待を寄せる。町埋蔵文化財センターの弓明義学芸員(51)も「237基もの横穴墓が発掘されたのにこれだけ、というのは変だ」と首をかしげる。

     県立松山高校教諭などとして百穴研究に携わった金井塚良一(1929~2015年)は、「大正初期に敷地内にあった『陳列館』が火事に遭い資料が焼失した」「県外へ流出した可能性がある」といった説を唱えたが、いずれも裏付けは得られていない。

     写真や記録の募集は6月末まで。8月下旬~9月中旬に「吉見百穴写真・記録展」を開く。弓学芸員は「吉見百穴の謎は壮大な古代ロマン。新資料が見つかれば研究に光が差す」と語る。

     資料提供は、町ホームページから応募用紙をダウンロードし、必要事項を記入して資料とともに(リンク先に有)に持参または郵送する。問い合わせは(リンク先に有)へ

    http://www.yomiuri.co.jp/local/saitama/news/20160512-OYTNT50016.html
    images


    引用元: 【歴史】吉見百穴 資料提供求む…来年発掘130年©2ch.net

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    1: 2016/06/02(木) 12:47:53.22 ID:CAP_USER9
    高松城復元で懸賞金3千万円

    http://www.nhk.or.jp/lnews/takamatsu/8035726921.html?t=1464838891000
    ※NHKローカルニュースは元記事が消えるのが早いので御注意を

    国の史跡に指定されている高松城跡の天守の復元を目指している高松市は天守の内部が分かる写真や図面などが提供された場合に総額3000万円の懸賞金を出すことになりました。

    高松城は堀に海水を引き入れた水城として知られ、その天守は四国の城で最も大きかったとされていますが老朽化のために明治17年に取り壊されました。
    高松市では、天守の復元を目指して資料の収集にあたっていますが外観を撮影した写真などは見つかっているものの天守内部の状態を明らかにする写真や図面などは見つかっておらず、復元について文化庁の許可が得られない状況になっています。

    このため、高松市では、天守の復元に必要な内部の状態が分かる写真や図面を提供した人に対して総額3000万円の懸賞金を支払うことにして今月9日に始まる6月市議会に提出する補正予算案に盛り込みました。

    写真や図面の募集は6年後の平成34年3月まで続け複数の情報があった場合には資料としての価値を判断して懸賞金を分配するということです。

    これについて高松市の大西市長は記者会見で「高松城は市のシンボルで天守はその中心となる施設だ。
    今回多額の懸賞金を設けることで市民の関心が高まり、何らかの手がかりが見つかれば」
    と話しています。

    06月01日 19時25分
     
    ダウンロード (4)


    引用元: 求む! 高松城の秘密情報 懸賞金は\30000000(総額)©2ch.net

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    1: 2015/01/30(金) 20:11:54.67 ID:???.net
    掲載日:2015年1月29日

     奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡(国史跡)で、3世紀後半~4世紀初め(古墳時代前期)に占いに使ったとみられる動物の骨「卜骨(ぼっこつ)」が見つかり、桜井市教委が29日発表した。邪馬台国の有力候補地とされる纒向遺跡で卜骨が出土したのは初めて。調査を担当した市纒向学研究センターは「当時の祭祀(さいし)のあり方を考える上で意義深い発見」としている。

    ダウンロード (2)


     卜骨はイノシシの成獣の右肩甲骨で、長さ16.7センチ、幅6.7センチ。人工的に掘られた穴の底部から見つかった。
    直径1センチほど丸く削った部分が3カ所あり、それぞれ点状に焦げた跡があった。先端が細い熱した道具を押し付けてできたとみられる。

     中国の歴史資料「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に、3世紀の日本では人々が骨を焼き、割れ方を見て吉凶を占ったとの記述がある。卜骨は紀元前の弥生時代前期から全国で確認され、古墳時代に減少。7世紀以降の律令時代には国が祭祀の部署を設け、亀の甲羅を焼く占いをした。

     同センターの寺沢薫所長(考古学)は「卜骨は弥生時代、農耕儀礼などに使われたと考えられる。

    続きはソースで

    <画像>
    丸く削り、熱源を押し付けた跡が3カ所残る卜骨=奈良県桜井市の纒向学研究センターで、矢追健介撮影
    http://mainichi.jp/graph/2015/01/30/20150130k0000m040092000c/image/001.jpg

    <参照>
    纒向遺跡ってどんな遺跡?|桜井市纒向学研究センター
    http://www.makimukugaku.jp/info/iseki.html

    <記事掲載元>
    http://mainichi.jp/select/news/20150130k0000m040092000c.html

    引用元: 【考古学】纒向遺跡:弥生からの変遷…古墳時代前期の「卜骨」出土

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    1: 2014/08/03(日) 16:23:54.28 ID:???.net
    毎日新聞 2014年08月03日 10時01分(最終更新 08月03日 15時09分)
    飛鳥京跡苑池の推定図
    http://img.mainichi.jp/mainichi.jp/select/images/20140803k0000e040130000p_size5.jpg

     奈良県明日香村の国史跡・名勝「飛鳥京跡苑池(えんち)」(7世紀)の南池に配置された雲のような形の島の下に更に古い島があることが、奈良県立橿原考古学研究所の調査で分かった。橿考研の東影悠・主任研究員が2日、公開の講座で発表した。苑池は天皇の宮殿に付属する国内初の本格庭園で、改修を重ねていたことを示す重要な資料としている。

     南池は南北55メートル、東西65メートル、面積2200平方メートルで五角形。島は最も近い北岸の沖約10メートルに石積み(高さ約1.3メートル)で築かれ、南北最大15メートル、東西32メートル、面積は約200平方メートルある。水深は30センチ程度だったとされる。

     東影研究員によると、島中心部の発掘地から、古い島の北端とみられる石積み護岸などが見つかった。古い島の外側には泥状の土がたまった石敷きを確認。
    石敷きが泥に埋まった後、その上に雲形の島が造成されたらしい。

    続きはソースで

    【矢追健介】毎日新聞
    http://mainichi.jp/select/news/20140803k0000e040116000c.html

    引用元: 【考古学】飛鳥京跡苑池 改修跡 古い島の護岸発見 橿考研

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