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    1: 2016/02/16(火) 05:55:20.97 ID:CAP_USER*
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160216-00000012-asahi-soci

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    近代的日本地図の先駆者、伊能忠敬(1745~1818)が日本列島を歩いて測量した際、宿を提供したり測量を支援したりした人たちの子孫を、研究者らでつくる「伊能忠敬研究会」が探している。ホームページで
    15日から、伊能の測量日記を基にしたのべ1万2千人の人名を公開。
    没後200年にあたる2018年に、子孫の人たちに感謝状を贈呈したいという。

    「大日本沿海輿地(よち)全図」を作成した伊能忠敬は、測量の際、毎日の作業内容や沿道の人々の協力の様子などを日記に記していた。研究会は、後に清書した「伊能忠敬測量日記」(28冊)を電子化。これを基に研究会の関連ホームページ「伊能忠敬e史料館」の「伊能測量旅程・人物全覧」
    http://www.inopedia.tokyo/database/)に協力者らの人名を公開した。
    現在の市区町村別に検索できる。

    研究会の渡辺一郎名誉代表は「日記をみると測量隊の行く先々では、郷土の名誉をかけて支援しているのがわかる。先祖が江戸の国家事業に参画したという誇りを持っていただきたい」と話している。

    引用元: 【歴史】伊能忠敬に協力した人の子孫どこ?研究会が1万人余の氏名公開 [無断転載禁止]©2ch.net

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    1: 2015/05/07(木) 22:11:32.14 ID:???*.net
    ジャーナリストでアムステルダム大学名誉教授のカレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、30年以上にわたって日本政治を研究し『人間を幸福にしない日本というシステム』をはじめ数多くの話題作を発表してきた。
    「真の独立国」になれないまま戦後70年を歩んできた日本には何が必要なのか、ウォルフレン氏が語った。

     * * *

    (私は)京都精華大学人文学部専任教員の白井聡氏との共著で『偽りの戦後日本』(KADOKAWA刊)を出版した。
    白井氏は『永続敗戦論』(太田出版刊)で注目された新進気鋭の学者であり、戦後の歪んだ日米関係をわかりやすく表現できる優れた有識者だ。

    白井氏は「日本の右傾化」について強い危惧を示していたが、私はそれを許した左翼の罪が大きいと考えている。
    戦後日本では左翼が理想論ばかり唱えて現実的な対案を出せなかった。作家の大江健三郎氏や社会党の党首を務めた土井たか子氏が象徴的な存在だろう。ひたすら平和を唱え、国民に対して「戦争はダメだ」「軍隊を持ってはいけない」というだけで、議論を深めようとしなかった。

    左翼は「憲法を守ってきた」と自負しているが、大きな間違いだ。憲法9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と規定しているにもかかわらず世界で最も高価な軍隊の一つである自衛隊の存在に目をつぶってきた。日本に軍隊はない、と主張したところで海外には全く説得力がない。
    自衛隊違憲論にしても理想論を掲げただけで、社会党は本気で政権交代を起こそうともしなかった。

    少しでも軍事力を持てば日本が戦争に突き進むという考えは、日本を一人前の国家と認めていないに等しい。
    その点において、日本の左翼はアメリカにとっても都合の良い存在だった。
    憲法は、アメリカが日本を従わせるのに都合が良いものとして作られたのだから。

    続きはソースで

    images (1)

    ※週刊ポスト2015年5月8・15日号
    http://www.news-postseven.com/archives/20150507_319449.html

    ★1の立った日時:2015/05/07(木) 19:44:54.27
    前スレ http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1430995494/

    引用元: 【政治】日本の右傾化は、土井たか子や大江健三郎など左翼が夢物語ばかり掲げたから…アムステルダム大学名誉教授ウォルフレン氏★2

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    1: 2015/01/31(土) 02:09:46.99 ID:???*.net
     満州(現在の中国東北部)に渡り、敗戦1年後に引き揚げた女性が2月1日、京都市中京区土手町通夷川上ルの職員会館かもがわで自らの体験を語る。避難途上で幼い弟と妹を亡くし、幸せな家族を悲劇に追い込んだ「満州」の意味を半世紀に渡って問い続け、戦後70年への思いを語る。

    4


     女性は京都市生まれの内藤玲子さん(78)=城陽市寺田。満州の農協組織「興農(こうのう)合作社」に勤める父の赴任に伴い、母と弟・妹の5人でソ連国境に近い満蒙開拓団の中継点でもあった都市・ジャムスに渡ったという。

     新国家に夢を抱いていた父は、「中国人の土地を取り上げて開拓団に引き渡す仕事」という現実に直面し、合作社を退職。家族は武装集団の銃撃を受けながら逃避行を続けた。

     敗戦間際に父は召集された。身重だった母は敗戦直後の1945年8月24日に男児を産み「綏生(やすお)」と名付けたが、生後72日で死亡。9月20日には収容所で3歳の妹がコレラで病死した。その後、父と奇跡的に再会でき、46年8月、博多港へ引き揚げてきた。

     内藤さんは「上陸した時、父はげたを脱ぎ、日本を確かめるように砂の上を歩いた。

    続きはソースで

    (※問い合わせ先省略。ソース元でご確認下さい)

    ソース(京都新聞) http://kyoto-np.jp/politics/article/20150130000147
    写真=1943年秋に撮影された内藤さん(左から2人目)の家族写真
    http://kyoto-np.jp/picture/2015/01/20150130190101hiki.jpg

    引用元: 【歴史】幸せな家族を悲劇に追い込んだ「満州」…悲劇の逃避行、満州引き揚げ語る、京都で1日に市民講座

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    1: 2010/09/23(木) 12:21:34 ID:86Du0BPW0.net
    太平洋戦争で本土決戦が起きる事態になってたら、日本はドイツみたいに
    分断国家になってたと思う。

    images
     

    引用元: もし本土決戦が起きてたら日本はどうなったのか?

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    1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/01/28(土) 11:59:15.64 ID:Z8EavbN30.net
    もし、日本が北海道がソ連領になってた場合はドイツや朝鮮と同様に
    分断国家になってたわけだが、その場合日本の歴史はどういうふうに
    なってたのか考えてみましょう。
    no title

    引用元: もし日本が分断国家になってたらどうなった?

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