スポンサーリンク

    平和

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
    1: 2015/04/02(木) 22:15:46.06 ID:???*.net
     戦後70年の「総理大臣談話」の策定に向けた政府の有識者懇談会が開かれ、座長を務める日本郵政社長の西室泰三氏は会合のあと、記者団に対し、「戦後70年、日本は平和な世界を作ることに貢献してきたという共通認識を改めて確認できた」と述べました。

     安倍総理大臣が戦後70年のことし発表する「総理大臣談話」の取りまとめに向けた、政府の有識者懇談会は、2日、3回目の会合を開き、安倍総理大臣や菅官房長官も出席しました。

     今回は、「戦後日本の平和主義や国際貢献の評価」がテーマで、JICA=国際協力機構の田中明彦理事長ら2人の有識者が、ODA=政府開発援助や安全保障の面から、日本の国際貢献についての見解を示し、意見が交わされました。

     会合のあと、座長を務める日本郵政社長の西室泰三氏は、記者団に対し、「戦後70年の間に、日本は、平和な世界を作ることに貢献してきたという共通認識を改めて確認できた。

    続きはソースで

    1

    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150402/k10010036841000.html

    21世紀構想懇談会
    http://www.kantei.go.jp/jp/singi/21c_koso/

    引用元: 【歴史】政府の有識者懇談会、「戦後70年、日本は平和な世界を作ることに貢献してきた」で共通認識

    【政府の有識者懇談会、「戦後70年、日本は平和な世界を作ることに貢献してきた」で共通認識】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
    1: 2015/03/11(水) 08:29:50.01 ID:???*.net
     東京大空襲で三万人を超す人々が亡くなった江東区は、同区住吉二のティアラこうとうで「平和のつどい」を開き、区民約千百人が犠牲者を悼んだ。

    000


     山崎孝明区長は「七十年の歳月が過ぎ去ろうとしているが、苦難に満ちた当時を思うと、今なお悲痛の念が胸に迫り来る」と追悼の辞を述べた。

     空襲当時、新潟県に疎開中だった同区南砂の長谷川絹子さん(80)は、二人の幼い弟を亡くし、現在の東京メトロ東陽町駅近くにあった自宅を焼かれた。

    続きはソースで

    (荘加卓嗣)

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20150311/CK2015031102000119.html

    引用元: 【歴史】東京大空襲で3万人超の人々が亡くなった江東区、区民1100人が「平和のつどい」…「生きている限り、忘れることはできない」

    【東京大空襲で3万人超の人々が亡くなった江東区、区民1100人が「平和のつどい」…「生きている限り、忘れることはできない」】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
    1: 2015/03/02(月) 11:02:18.72 ID:???*.net
     「『平和の日』富山の集い」が1日、富山市のオーバード・ホールで開かれ、日本ペンクラブの浅田次郎会長ら4組8人の作家らが「平和の日に想(おも)う」をテーマに対談した。高志(こし)の国(くに)文学館長でもある中西進副会長は「戦争のない世界を望んでいれば、起こらないと信じている」と語り、一人一人が平和を希求することの重要性を訴えた。日本ペンクラブや県と富山市でつくる実行委員会主催。

    1


     「『平和の日』の集い」は、1985年から日本ペンクラブが毎年開催し、今回は「旅」「愛」「命」「平和への祈り」をテーマに、リレー形式でトークを繰り広げた。

     中西副会長と作家の下重暁子副会長は「旅」と開業目前の北陸新幹線を絡めて話した。東京-富山間が近くなることを喜びつつ「便利になるほど五感は衰える」とし、各地を旅した盲目の女性芸能者「瞽女(ごぜ)」の現地での親密な交流ぶりを紹介。心で物事を見る大切さを強調した。

     ヒット曲「千の風になって」を訳詞・作曲した新井満さんと太宰治の娘、太田治子さん、作家の志茂田景樹さんと中島京子さんの対談に続いて浅田会長と作家の落合恵子さんは戦後70年を振り返った。浅田会長は自衛隊員時代の経験や戦争を描いた小説執筆時の苦悩を語り、「自分は戦争を知らない世代だが、親たちは体験してきた。語り継ぐのが役目だと思う」と話した。

     フィナーレでは、出演者が再び登壇し、石井知事、浅田会長が次の開催地の宮崎県延岡市の代表者に「平和の旗」を手渡した。
    中西副会長が、日本はたった10年で戦争に突入し、焦土と化したことを挙げ、「判断を誤るとどんな結果になるか分からないということを共通の理解にしましょう」と呼び掛けると、会場から大きな拍手が起こった。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150301-00020249-kitanihon-l16

    画像
    http://lpt.c.yimg.jp/amd/20150301-00020249-kitanihon-000-view.jpg

    引用元: 【富山】「戦争のない世界を望んでいれば、起こらないと信じている」…戦争のない世界を願って、富山で「平和の日」の集い

    【【富山】「戦争のない世界を望んでいれば、起こらないと信じている」…戦争のない世界を願って、富山で「平和の日」の集い】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
    1: 2015/01/01(木) 21:40:36.10 ID:???0.net
    2014年12月29日、中国江蘇省南京市の高校で、20人余りの日本人教師が歴史の授業を見学した。
    30日付で中国新聞網が伝えた。

    授業を見学したのは、4000人の会員を有する日本歴史教育者協議会所属の歴史教師。
    教師になったばかりの新米教師から、数十年にわたり歴史を教えてきたベテラン教師などさまざまな日本人教師が参加した。

    授業では中国の高校生らが一人ひとり壇上に上がり、自身の目線から見た日本の侵略について語った。
    その後の座談会で日本の教師からは、「南京市の高校の授業では、日本に対する恨みを広めているのではなく、戦争に反対し、平和を呼び掛けていることに感心した」
    「日本の右翼は日に日に過激になっている。次世代の若者は良心を持って中国の若者と交流できるのだろうか」といった意見が聞かれた。

    報道では、「どうしたら歴史を正しく教えられるのか、そして未来に向かって前進できるのか?
    日本の教師らは南京市で授業を見学したことにより、『歴史に対する態度は未来に影響する。
    歴史を教えることは、正しい歴史を守ることである』との認識で一致したことだろう」と結んでいる。(翻訳・編集/内山)

    http://www.recordchina.co.jp/a99924.html

    引用元: 【国際】日本の歴史教師、中国の授業を見学=「次世代の日本人は良心を持って中国人と交流できるのか」―中国メディア

    【日本の歴史教師、中国の授業を見学=「次世代の日本人は良心を持って中国人と交流できるのか」―中国メディア】の続きを読む

    このページのトップヘ