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    戦闘機

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    1: 2014/09/19(金) 20:53:52.41 .net
    ゼロ戦のパイロットとして知られる坂井三郎
    逸話のウソやねずみ講事件など後半生には批判も多い
    いっぽうでもてはやす声もある
    この男は佐村河内や小保方と重なるんだが

    引用元: 坂井三郎の真実

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    1: 2014/11/05(水) 20:57:29.63 ID:???0.net
     旧日本海軍の主力戦闘機だった零戦が保管されていた米国から“里帰り”し、神奈川県綾瀬市の物流会社倉庫で5日、報道陣に公開された。

     公開されたのは「零式艦上戦闘機22型」(全長約10メートル、主翼約12メートル)。
    所有する米国法人・ゼロエンタープライズによると、1943年頃の製造とみられ、70年代後半にパプアニューギニアの密林で骨組みとエンジン部分が残った状態で見つかり、約10年かけて復元された。

     同社の石塚政秀社長(53)が2009年、約3億5000万円で購入し、米アラスカ州の博物館で保管されていた。石塚社長は「世界で5機現存するとされる飛行可能な零戦のうちの1機」と話している。

     輸送のため分解された機体は21~24日、さいたまスーパーアリーナ(さいたま市中央区)で一般公開する
    予定。石塚社長は「来年は戦後70年。若い世代に近代日本が歩んだ歴史を見つめ直してほしい」と話し、国内で飛行させることも検討しているという。

    2014年11月05日 20時35分
    http://www.yomiuri.co.jp/national/20141105-OYT1T50183.html

    引用元: 【社会】飛行可能な零戦、米から里帰り…21日から公開

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    1: 2014/10/24(金) 21:43:38.84 ID:???0.net
    ■特攻の命中率 終戦直前は9機に1機の11%
    初陣戦果に「有効性」思い込んだ海軍
    初めての神風特攻隊は在フィリピンの第一航空艦隊(一航艦)司令長官、大西瀧治郎・海軍中将が編成し、海軍最後の艦隊決戦となったフィリピン・レイテ沖海戦に投入された。関行男大尉を隊長とする敷島隊計5機が1944年10月25日、米海軍の護衛空母「セントロー」(7800トン)を撃沈。他の3隻に損傷を与えた。
    初陣での破格の戦果に、海軍は戦術としての特攻の有効性を信じた。

    防衛庁防衛研修所戦史室(現在の防衛省防衛研究所戦史部)が編さんした戦史叢書によると、一連の「比島特攻作戦」で海軍は436機、陸軍は243機が出撃。成功率は約27%だったという。
    この数字は高いのか、低いのか。目標に向かって急降下しながら爆撃する「急降下爆撃」という戦術はもともと、従来の水平爆撃以上の命中率を得るために編み出された。開戦時の真珠湾攻撃で、一航艦(南雲機動部隊)の九九式艦上爆撃機は急降下爆撃で命中率58.5%を上げている。
    42年4月のインド・セイロン沖海戦では、英東洋艦隊の空母「ハーミズ」に対して命中率89%を記録。
    史上初めて空母機動部隊同士が激突した42年5月の珊瑚(さんご)海海戦で、日本軍は米空母「レキシントン」に命中率53%、米軍は空母「祥鳳(しょうほう)」に命中率32%の戦果を残している。
    そうした数字と比べて、レイテ沖海戦時の特攻成功率は特に高い数字というわけではない

    しかも特攻戦術による命中率は次第に低下していく。軍事史研究家の故・小沢郁郎氏は自著
    「つらい真実 虚構の特攻隊神話」(同成社)で、出撃機数や米海軍の被害統計などを精査。
    フィリピン戦期(1944年10月~45年1月)は23.5%だった命中率が、沖縄戦期(45年3月~終戦)は7.9%に低下していたと算出した。

    ■体当たりなんて…日本は終わり」特攻1号の関大尉
    全軍の模範となる「特攻第1号」として、海軍兵学校出身の関行男大尉は特に選抜された。
    戦死後は2階級特進し、「軍神」となった。一方で、出撃前にこう慨嘆していたという。
    「通常攻撃でも爆弾を命中させる自信がある。そんな僕に体当たりを命じるなんて、日本は終わりだ」

    ■劣勢で次々失った熟練パイロットたち
    特攻戦術が採用された背景として、熟練の航空機搭乗員の減少がある。零式艦上戦闘機(ゼロ戦)をはじめとする日本機は戦果を上げる一方で、その防弾性能の低さから、損害も増加させた。
    太平洋戦争は1942年8月にガダルカナル島の戦いが始まると航空消耗戦となり、逐次投入で貴重な戦力を消尽させていった。42年10月の南太平洋海戦では出撃216機のうち、約6割の130機を失ったとされる。
    連合艦隊は翌43年4月の「い号作戦」終了後の研究会で、戦闘機の日米の実力差は開戦時には6対1とリードしていたが、同作戦では1対1くらいとほぼ並んだと判定した。戦史叢書によると、開戦時の海軍搭乗員約7000人のうち、
    44年3月時点では既に6割近く、約3900人が戦死していたという。

    ■練習機や偵察機など低性能の機体も苦し紛れ投入
    爆装した零式艦上戦闘機(ゼロ戦)により、特攻作戦は開始された。
    搭乗員は志願制を建前としたが、華々しい戦果が伝えられるとともに恒常化。あらゆる機体が投入されることになる

    沖縄戦などがあった1945年3~7月に投入された陸海軍機計1813機のうち、約3割(計536機)がそもそも実際の戦闘には向かない偵察機・練習機、旧式戦闘機などが占めた。
    もともと低速・低馬力なうえに無理に爆装したため、運動性能はさらに低下した。

    ■正規空母、戦艦、巡洋艦は一隻も撃沈できず
    米海軍、最新レーダーで特攻を無効化
    米海軍は最新の科学技術、効率的な組織運用により、特攻戦術を無効化していった。
    精神主義の日本軍は物量だけでなく、米軍の合理主義にも敗れ去った。
    特攻機の主目標は大型の正規空母(2万~4万トン級)を中心とする機動部隊。
    その外周部に、米軍は対空捜索レーダーを搭載した駆逐艦「レーダーピケット艦」による
    早期警戒網を設け、日本の攻撃隊を感知。空母の戦闘機隊で迎撃した。

    http://mainichi.jp/feature/afterwar70/pacificwar/data2.html


    引用元: 【戦争】航空特攻による戦死者3848人、正規空母・戦艦・巡洋艦は一隻も撃沈できず・・・無意味さを認識していた大本営★3

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    1: 2014/10/09(木) 21:33:19.33 ID:???0.net
    旧日本軍機の残骸捜索へ=インパール作戦の戦場跡-インド
    http://www.jiji.com/jc/c?g=int_date1&k=2014100900054
    時事通信 2014/10/09-06:03
     

     【ニューデリーAFP=時事】第2次大戦中の1944年、旧日本軍がインド北東部の攻略を目指し、多数の犠牲者を出したインパール作戦の戦場跡で、日本と英国の戦闘機の残骸を探す計画が進んでいる。インパール作戦について研究するインドの財団が8日、明らかにした。

     44年6月17日に旧日本陸軍の戦闘機「隼(はやぶさ)」2機は英軍の攻撃により撃墜され、激戦地の一つであるマニプール州ロクタク湖に墜落。同じ日に英国の爆撃機1機も同湖に墜落した。

     墜落の正確な場所は長年不明だったが、財団が最近突き止めた。財団の共同設立者ユンナム・ラジェシュワル・シン氏は「住民らから約1年かけて情報を集めた。調査の準備はできている」と語った。

    引用元: 【国際/インド】旧日本軍機の残骸捜索へ=インパール作戦の戦場跡 [10/9]

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