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    防衛省

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    1: 2014/12/30(火) 16:08:22.37 ID:???0.net
    先の大戦で沈んだ軍艦「多摩」の初めての慰霊祭が10月25日、東京都府中市にある大国魂神社で行われると聞いたとき、正直、意外な気がした。
    「沈没した軍艦は、関係者によって手厚く慰霊されている」と思い込んでいたからだ。

    多摩は、旧海軍の軽巡洋艦で球磨型の2番艦。大戦末期の昭和19(1944)年10月25日、フィリピン沖で米潜水艦による魚雷攻撃を受けて沈没し、440人とされる全乗組員が亡くなった。
    だが、その慰霊祭がこれまで一度も行われたことがなかったというのだ。

    意外だったことは他にもある。
    大国魂神社は「慰霊祭には少しでも多くの遺族、元乗組員ら関係者に参列してもらいたい」との思いで準備を進めたが、作業は困難を極めたそうだ。

    「遺族と連絡を取ろうにも、乗組員名簿が見つからない。防衛省や厚生労働省には名簿があるはずと考え、問い合わせてみたが、個人情報は出せないといわれてしまった」。
    このため、担当者は遺族と思われる人物を一人一人、インターネットで調べて電話をかけたり、入手可能な戦没者名簿から関係がありそうな名前を見つけては手紙を出したりと、地道な作業を続けた。
    それでも、これまでに氏名などを特定できた沈没時の乗組員は30人ほどしかいない。

    初の慰霊祭が行われた10月25日は沈没からちょうど70年。
    あまりに長い年月がたち、国のために戦って亡くなった人の記憶は薄れるばかりだ。

    続きはソースで

    (三浦恒郎)

    http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/141230/lif14123012110008-n2.html

    引用元: 【軍事】軍艦「多摩」沈没から70年で初の慰霊祭・・・姉妹艦「北上」「大井」は単独慰霊不明、「木曽」慰霊無し・・・薄れる戦争の記憶

    【軍艦「多摩」沈没から70年で初の慰霊祭・・・姉妹艦「北上」「大井」は単独慰霊不明、「木曽」慰霊無し・・・薄れる戦争の記憶】の続きを読む

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    1: 2014/09/18(木) 10:28:03.90 ID:???0.net
    ソース(マガジン9、映画作家・想田和弘氏) http://www.magazine9.jp/article/soda/14678/

     来年、テレビ東京開局50周年企画として、百田尚樹氏の小説『永遠の0』(太田出版)がドラマ化されるそうである。周知の通り、本作はすでに映画や漫画になっている。原作は累計で530万部を売り上げ、映画は700万人を動員したという。今度のドラマ化は「2匹目だか3匹目のどじょう」を狙ったものなのだろう。

     ドラマのウェッブ・サイトには、次のような百田氏のコメントが寄せられている。

     「このたび、テレビ東京から『永遠の0』をドラマ化したいという申し出を受けました。三日間通しての放送と聞いて、心が震えました。
    映画版は原作者である私自身が大いに満足した出来栄えでしたが、もとが600ページ近い長編だけに、原作の世界観が十全に再現されたものではありませんでした。しかし、今回のテレビ東京の企画は、限りなく原作に近づいたものです。脚本も見せていただきましたが、主人公である宮部久蔵だけでなく、彼を取り巻く様々な男たちの姿が生き生きと描き出されていることに感動しました。どんな風に映像化されるのか、本当に楽しみです」

     『永遠の0』の物語の構造は、原作も映画も同じである。

     思い切って単純化するならば、それは「だらけきった戦後民主主義の日本人(健太郎と慶子)」が「誤解され、忘れ去られた戦前・戦中の日本人(宮部久蔵)」の「本当の姿」を発見し、その愛の強さや自己犠牲の精神に驚嘆すると同時に、自らの認識と生き方を改めていくという物語である。「私は死にたくありません」と言い続ける厭戦的な宮部を主人公に据えたことで、本作は一見「反戦作品」にも見えるが、その本質を冷静に分析するならば、安倍首相や百田氏らが好む「靖国史観」に沿ったプロパガンダだといえる(詳しくは拙著『熱狂なき
    ファシズム』(河出書房新社)をご参照のこと)。

     百田氏のコメントによれば、ドラマも「限りなく原作に近づいたもの」だそうだから、きっと同じような作品になるのであろう。ドラマの「協力」に、防衛省、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊が名を連ねていることを考えれば、すでに国を挙げたプロパガンダが始まっているとみるべきではないだろうか。

     ドラマの主役には、向井理氏が起用された。彼は「靖国史観」に共感を寄せているようで、2010年の8月15日に「幸せ」というタイトルで次のような文章をブログに投稿している(http://ameblo.jp/osamu-labo/entry-10620733410.html)。

    > 今日は日本がポツダム宣言を受諾して65年の日です。(略)
    > 昨日放送したドラマ『帰国』の撮影前に靖国神社に参拝に行きました。
    > 劇中の自分のセリフにもありましたが、『国の責任者が参拝するのは当然の義務なんじゃないのか』(略)
    > 八月十五日が来ると改めて今の自分は幸せだと思います。
    > ちゃんと生きて、生活できているから。
    > それこそ戦争中はいつ死ぬか、家族の安否もわからぬ生活を送る人が多かった訳だから、それに比べたら幸せ過ぎて申し訳ない
    >くらいです。(略)
    > そして、必死になって日本の行く末を案じながら散っていった人達のことを考えると感謝の気持ちで一杯です。
    > さらにあの戦況下で無条件降伏まで持っていったのは凄いことだと思います。(略)

     衝撃的なのは、「あの戦況下で無条件降伏まで持っていったのは凄いことだと思います」という記述である。向井氏は「ポツダム宣言」や「無条件降伏」の意味を理解していないのだろうか。理解していれば、「無条件降伏まで持っていった」などという記述になるはずがない。

    >>2以降に続く)

    引用元: 【歴史】曖昧で素朴な「感謝」がファシズムを支えるとき…過去に起きた戦争の本質を問い、「英霊」を無駄死にさせた人の責任を問おう

    【曖昧な感謝がファシズムを支える時、過去の戦争の本質を問い、「英霊」を無駄死にさせた人の責任を問おう】の続きを読む

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